久米正雄記念館(旧 久米正雄邸)

  1930年(昭和5年)に鎌倉の二階堂に建てられた久米正雄邸は、正面から見ると白壁の完全な洋風ですが、廊下を渡りひとたび裏に回れば純和風の部屋がならぶという当時としては非常にモダンな和洋折衷の造りをした建物です。
 久米はここを終の棲家として作家生活の後半をここで過ごしました。

 こおりやま文学の森資料館のオープンにあわせ、2000年(平成12年)に鎌倉から郡山に移築された久米正雄邸は、久米正雄記念館として公開されることとなり、華麗なる鎌倉文士であった久米正雄の生活の一端に触れることができます。


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小ホール

photo-small-hall.jpg小ホール

久米家の一人っ子、昭二君の部屋です。昭二君は1927年(昭和2年)生まれで、生まれた年の年号にちなんで「昭二」と名付けられました。この部屋は、昭二氏が独立して家を出た後久米正雄が第二の書斎として使っていました。
現在、この小ホールでは大型モニター画面で久米正雄はじめ、ゆかりの作家の映像がご覧いただけます。

応接間

photo-drawing.jpg応接間

応接間セットを中心に、久米正雄自慢の絵画コレクション、戸棚にはゴルフのトロフィー、暖炉の上には外国土産の人形などが飾られていました。西側の窓下には藤棚で、五月になると藤波が見られたものです。この応接間は、接客のためではなく、しばしば編集者が書き上げる原稿を待つための場となりました。

客間/茶の間接間

photo-living.jpg客間/茶の間接間

[客間]俳句好きの久米正雄は、ここ「三汀居」で毎月句会を催し、年に一度、「梅の句会」を開き、戦時下には貴重は創作の場となりました。
[茶の間]、真ん中に火燵がきってあり、そのた卓上が食事場でもあり、また、家族や親しい人々との語らいや遊びの場でもありました。

展示室(旧 女中部屋/納戸)

photo-exhibition.jpg展示室(旧 女中部屋/納戸)

久米正雄が愛用した遺品を展示するとともに、写真や図で幅広い
交友関係を紹介します。

レファレンスルーム(旧 主婦室)

photo-reference.jpgレファレンスルーム(旧 主婦室)

艶子夫人の居室とし作られましたが、応接セットを置き、玄関脇の応接間が原稿を待つ編集者でいっぱになると、ここも待合室として使いました。
現在、この部屋で文学関係の雑誌や図書を自由に閲覧することができます。

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