豆知識

安積開拓と安積疏水に関するアレコレ~その3~

安積開拓と安積疏水に関連する物事や人物などについて、豆知識としてギュッとまとめてお届けします。

◆現在に受け継がれる『久留米押し絵』

 明治11年(18781111日、旧久留米藩士族入植者の先発隊が安積の地へ到着しました。明治政府による「殖産興業」と「士族授産」を結び付けた国営安積開墾事業の入植者第一号でした。旧久留米藩士族たちは「久留米開墾社」を結社して大蔵檀原(現在の郡山市久留米地区)へ入植しました。明治12年(1879)までに移住者が100戸に到達し、その後も入植希望者がいたことから、対面原(現在の郡山市喜久田町付近)に開墾社の分社が設けられました。
 入植後の生活は決して順調ではなく、慣れない農作業や飢饉などで思うような収穫を得られず、多くの入植者が開墾地から転出しました。しかしそんな苦難の中、入植者の一人が故郷久留米で受け継いでいた伝統工芸『おきあげ(押し絵)』を地域に広めていきました。

受け継がれた故郷の伝統工芸

 入植者の故郷である福岡県久留米では、江戸時代の中頃から、晴れ着の切れ端などの布に綿を入れたものをひとつひとつ重ねて作る押し絵『おきあげ』が作られていました。その伝統技術を受け継いでいた入植者は、桃の節句などに郡山の店頭に出して人々の注目を受け、さらにその技法を他の入植者たちに伝えたことでさらにその後継者に受け継がれ、3月、5月の節句のプレゼントとして地域に生き続けていきました。
 そして現在も、久留米地域公民館で「久留米押し絵伝承教室」が行われるなどして守り継がれています。
 (なお、福岡県では『久留米おきあげ』は、県知事が指定する34の伝統的工芸品の1つとされています。)

<久留米地域公民館に寄贈された作品>

<主な参考文献>
 『久留米開墾百年の歩み』久留米開墾百年史編集委員会

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