豆知識

安積開拓と安積疏水に関するアレコレ~その5~

安積開拓と安積疏水に関連する物事や人物などについて、豆知識としてギュッとまとめてお届けします。

◆安積開拓と姉妹都市のつながり

 郡山市の姉妹都市は、奈良市・久留米市・ブルメン市・鳥取市です。
 奈良市は、采女伝説が取り持つ縁で、昭和46年(197185日に姉妹都市となりましたが、他の3都市は、いずれも安積開拓が縁で姉妹都市となりました。

久留米市と安積開拓【久留米市との姉妹都市提携-昭和50年(1975)8月3日】

 旧久留米藩士族が、明治11年(1878)に開成山に隣接する大蔵檀原(現在の郡山市久留米)に入植しました。当初、大槻原開墾事業(福島県による開墾事業)の延長という名目で入植を行いましたが、その後国営安積開墾事業の枠内に認められ、最初の入植者たちが「率先百戸」として称揚されました。こののち、全国各地から士族が安積の地へと入植しました。

郡山市開成二丁目の国道49号線沿いに建つ「久留米開墾率先百戸碑」

ブルメン市と安積開拓【ブルメン市との姉妹都市提携-昭和63年(1988)6月25日】

 生誕地がオランダ王国のブルメン市であり、明治5年に来日し明治政府の土木寮雇長工師(技師長)であったファン・ドールンが、国営安積疏水開さく事業で設計者として重要な役割を果たしました。ドールンが、想定されていた疏水路のコースなどの現地調査や日本人技術者が作成した設計書の検証を行ったことが、明治政府が安積疏水着工を決定する大きな一歩となりました。

猪苗代湖北西の安積疏水十六橋水門脇に建つ「ファン・ドールン銅像」

鳥取市と安積開拓【鳥取市との姉妹都市提携-平成17年(2005)11月25日】

 旧鳥取藩士族が、明治14年(1881)に広谷原(現在の喜久田町周辺)に入植しました。旧久留米藩士族に続き国営安積開墾事業の枠内で69戸が移り住み、移住・開墾結社として「鳥取開墾社」を設立して開墾事業に勤しみました。
 入植者の住宅は、明治政府からの補助金を受けて一号家から五号家の5つのランクの雛形を元に、各戸の事情に沿って建築されました。鳥取開墾社の副頭取であった坪内元興(もとおき)の住宅は、一号家を雛形として建築されましたが、現在、「安積開拓入植者住宅(旧坪内家)」として当館敷地内に移築、一号家の図面のとおりに復元されています。

<郡山市開成館敷地内に植樹されている各姉妹都市の市の木(花)>

◎写真をクリックすると少し大きな写真を見ることができます。

※当館敷地内には上記の樹木以外にも国営安積開墾事業により入植した旧士族等の故郷である松山市、高知市、岡山市、米沢市、棚倉町、会津若松市、二本松市のそれぞれの市の木、町の木が植樹されています。

郡山市の「姉妹都市」と「ゆかりの都市」<郡山市ウェブサイト>

<主な参考文献>
 『開拓者の群像 大久保利通と安積開拓』立岩 寧

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