荒井猫田遺跡

所在地:南一・二丁目

中世の館や町、道の跡などが見つかりました。調査区の南側で見つかった南北の道路は、鎌倉と外浜(現在の青森県)を結ぶ「奥大道」と考えられます。鎌倉時代を中心に、この幹線道路に沿ってたくさんの建物が立ち並ぶ町の風景が広がっていたようです。
館跡は2か所で確認されています。調査区南側の「館A」は、鎌倉幕府の滅亡によって町とともに衰退したと思われます。北側の「館B」は南北朝時代に築かれ、戦国時代に戦争が激しくなるにつれて、障子堀や馬出などの防御施設が構えられたようです。

 北上空から見た第1~6次調査区
 館Bの副郭と内堀(写真上方が西)