豆知識

安積開拓と安積疏水に関するアレコレ~その4~開成山競馬場

安積開拓と安積疏水に関連する物事や人物などについて、豆知識としてギュッとまとめてお届けします。

開成山公園に競馬場?!ー開成山公園の今昔ー

 現在の開成山公園は、五十鈴湖(いすずこ)を中心とした西側の公園部分と、野球場や陸上競技場、プールなどのスポーツ施設が設置された東側部分からなる総合公園です。
 この開成山公園がある開成地区一帯は、明治の初め頃までは大槻原と呼ばれていた原野で、周辺村の入会地(いりあいち、牛馬の餌などにするための共同の草刈場)でしたが、明治6年(1873)から旧福島県による開墾事業が始まりました。さらに、郡山の商人25名が結社した「開成社」も開墾事業に参入し、水を確保するため、元からあった五十鈴湖(江戸時代の灌漑用池で以前は「上ノ池」と呼ばれていた)の西側、現在は公園内の野球場と陸上競技場となっている場所に、新たな用水池の築造工事が行われました。
 築造した用水池は「開成沼」と呼ばれ、開成社は開成沼と五十鈴湖の堤やその周辺に桜の植樹を行いました。これが現在も多くの人々を魅了している開成山の桜です。

■開成山競馬場

 そして、明治37年(1904)1月には、県内産馬奨励のために五十鈴湖の池縁に競馬場が設けられました。同年4月から開始された競馬は大変人気があったようで、大正15年発行の『郡山市案内』や昭和14年発行の『開成山大神宮道志るべ』にその様子が記されています。

 本県産馬組合聯合会にては県内産馬奨励のため、明治三十七年一月此地を卜し池縁に競馬場を設け春秋二回競馬会を開催す、開催毎に観衆数万に達し盛況を極む。
(『郡山市案内』より抜粋 福島県郡山市役所.大正十五年発行)

 五十鈴湖の周圍は競馬場になつて居ります。春秋二季には福島縣産馬畜産組合主催の盛な競馬が行はれて、馬格の改良に貢献して居ります。鐵骨の巍然たるスタンドは、數千の觀衆を収容して餘りあるものがあります。
(『開成山大神宮道志るべ』より抜粋 郡山市役所.郡山觀光協會.開成山大神宮御神德宣揚會.昭和十四年発行)

 また、明治から昭和の初めにかけて俳人として活躍した河東碧梧桐が、全国行脚で郡山を訪れた際に開成山競馬場と開成館、旧制安積中学校(現・安積高校)に立ち寄ったことを、紀行文『三千里』に記しており、生き生きとした当時の様子を知ることができます。

 十月十四日。快晴。
 起きて見ると、阿武隈の大河に川霧が立つてをつて、日はキラキラ水を射る。上の渡しに草刈りの姿もほの見え、下の舟橋に蹄のとどろと響くも聞える。欄干の下にはよべ沈めた罾をあげてをる。
 同人と突嗟の間に撮影。上りの汽車に駈け付けて正午郡山に帰つた。
 羽織袴の借着をして、開成山のけふの競馬に臨む。福島県の紳士に紹介される。競馬場は池を真中にして、桜がぐるりと植えてある。距離は四分の三哩あるさうだ。不忍の競馬場に勝る所は、北と西に安達太良連山を控へた眺望である。又ない秋晴に県下の駿逸が輸臝を決する。正に秋高く馬肥ゆの感じである。この勝景とこの馬匹を以てして、天下の競馬場たる間もない事であらうと祝した。
 二三番の勝負を見て、丘上の開成館に案内された。明治六年とやら、今上陛下の行在所に充てられた所である。門前に藁葺の家が二つある。一は大久保他は木戸二公の宿であつた、などなど聞くにも襟を正しうせしめる。
 安積中学校にも約束があつて、運動会に列した。安積タイムスから句を乞はれる。運動会五句をひねる。やがて来賓提灯競争にも引張り出されて、二等賞の栄を得た。
 夜は三寅庵で晩餐の御馳走がある。開成山の同人も加はつて、枕引、腕押し、手引、小手打などで笑ひ興じた。
 応接遑ないというのはこの日の如きをいふのであらう。(岩代郡山にて)
(『三千里』より抜粋 河東碧梧桐)


昭和26年の開成山競馬場。
左手に見えているのが五十鈴湖
(画像提供:郡山市)

こちらも開成山競馬場。
撮影年は不明だが上の写真よりは新しいものかと思われる。
開成社が植樹した桜が、時を経て大樹となっている様子も
うかがえる。
(画像提供:郡山市)


 この開成山競馬(後に郡山競馬となる)は戦後まで続きましたが、次第に衰退し、昭和31年に廃止されました。

■競馬場廃止後の開成山公園

 競馬場が廃止される前の昭和20年代中頃には、開成沼を埋め立てて陸上競技場や野球場が設置されました。その後も度々整備が行われ、現在の開成山公園は、スポーツ施設に加えてバラ園や野外音楽堂なども備えられた、訪れる人々の憩いの場となっています。
 今も残る五十鈴湖には、中央付近に噴水や橋が設置され、またその外周でかつての競馬場のコースは遊歩道となっています。

現在の開成山公園。
遊歩道の形状にかつての競馬場の名残を感じられる。

桜が満開の現在の開成山公園。
奥に見えているのが五十鈴湖。
(画像提供:郡山市)

<主な参考文献>
 『郡山市史』第4巻~第6巻

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