豆知識

安積開拓と安積疏水に関するアレコレ~その1~

安積開拓と安積疏水に関連する物事や人物などについて、豆知識としてギュッとまとめてお届けします。

◆内務卿大久保利通が最後に面会した人物

 大久保利通が生前最期に面会した人物は、福島県権令(後に県令となる)山吉盛典です。
 山吉は、明治11年(1878)5月に東京で開かれた第二回地方官会議に参加し、帰県前の挨拶として14日の早朝6時に大久保の自宅を訪問しました。山吉との面会を終えた大久保は、午前8時半頃に太政官出勤のために馬車で自宅を出発し、その途中、紀尾井坂(現在の東京都千代田区紀尾井町)において不平士族により斬殺されました。享年49歳でした。

大久保利通の「済世遺言」

 山吉との面会で大久保は、国営安積開墾・安積疏水開さく事業を含む政府事業についての壮大な自分の構想を語っています。山吉は、この大久保最期の語録を「済世遺言(さいせいいげん)」と題する冊子にまとめ政府要人に配りました。(「済世」とは社会の弊害を除いて人民を救い助けること、「遺言」は故人の残した言葉。この冊子を執筆したのは山吉の話を聞いた県官中條政恒)
 大久保の死は、国営安積開墾・安積疏水開さく事業に携わる人々にも大きな衝撃を与えました。しかし、紆余曲折を経て大久保の意思を受け継ぐ人々により事業は実現されました。

大久保利通の絶筆「為政清明」

 面会で山吉は、県庁内に掲げて執務の心構えとしたいとして大久保に揮毫を乞い、大久保は「為政清明(政を為すものは清廉・公明たるべきである)甲東」と大書して与えました。これが大久保の絶筆となりました。(「甲東」は大久保の号)
 この書は現在、鹿児島市立美術館が所蔵しています。

<参考文献>
 『開拓者の群像 大久保利通と安積開拓』立岩 寧
 『殖産興業と地域開発―安積開拓の研究―』日本大学安積開拓研究会

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