先週より、郡山市富久山町の鳴神・柿内戸(なるがみ・かきうど)遺跡の第7次調査が始まりました。


鳴神・柿内戸遺跡では昨年と一昨年も調査を実施しており、奈良・平安時代の集落跡や縄文時代の落し穴などが見つかっています。
今回の調査では、現在のところ奈良・平安時代の建物跡などが確認されています。
6月15日に稲荷館跡の発掘調査が終了しました。
〈調査区(写真の右上が北)〉
南北に流れる溝や井戸のほか、30基以上の柱穴や基礎杭を検出しました。
縄文時代の落し穴も1基確認しました。
今回の調査で最も重要な成果は、城にともなう堀が発見されたことです。
人の身長を超える深い堀です。
堀には木の柱が据えられていました。これは江戸時代以降、堀を埋めて建物を建てる際に打ち込んだ基礎杭であると思われます。
稲荷館、もとい郡山城は明治時代の地籍図や戦国時代の記録などをもとに、城の範囲が推定されてきました。
今回の発掘調査で堀が確認されたことで、この場所にかつて郡山城が存在していたことが確かめられました。